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『村で病気とたたかう』
村で病気とたたかう (岩波新書 青版)作者: 若月 俊一出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2002/06/12メディア: 新書出版社/著者からの内容紹介長野県臼田町――予防医学や巡回診療に数々の業績を残し,国際農村医学会の主催地ともなった佐久病院がそこにある.戦前の学生運動の挫折後,初心を忘れず農村に入り,敗戦後院長となった著者が,戦後民主主義を身をもって実践しつつ築き上げたこの病院の苦闘の歴史から,医療とは何か,人間の生き方の問題等多くの示唆が得られよう.
週末読書の「若月俊一」シリーズ第二弾は、ご本人が1971年に書かれた岩波新書からの1冊。2002年発売となっているのは、以前この本は絶版扱いとなっていたのが復刻されたからである。内容的には前回ご紹介した南木佳士著『信州に上医あり』とかなりダブる。若月が『村で病気とたたかう』で描いたエピソードが南木の『信州に上医あり』でそのまま出てきたりするが、これは若月の著書が1971年初版発刊でそれから20年以上が経過していてその後の佐久病院についての記述を追加してアップデートした方がよいとの出版元の判断もあったのではないかと推測する。多分絶版になっていた時期に南木の著書が出版されている。

従って、順番として本書を後から読んだのはちょっと失敗だったかなと後悔もした。多分こちらを先に読んでいたとすると、若月の佐久病院赴任直後の昭和20年代、30年代の、佐久地方の農民が本当に農村医学を必要とした時期の若月の取組みが具体的に描かれており、今のインドの地域医療を考えていく上でとても参考になることが多いと感じることができただろう。復刻に値する1冊であり、途上国での医療協力に関わらんと志す人には是非入門編として読んで欲しいと思う。
本書の中でも非常に感銘を受けたのは、「改良かまど」に対する評価に関する記述である。言うまでもなく「改良かまど」は戦後の農村生活改善事業の最も顕著な成果として国中に広く普及した。囲炉裏の火は不経済であり、囲炉裏を失くしてすす煙が屋内に充満するのを防ぐことが生活改善の第一歩だと言われた。従来のかまどは燃焼効率が悪くて燃料費が割高だし、煙が屋内に充満すれば呼吸器系疾患の原因にもなる。多くの人が特にこの後者を問題視して改良かまどの普及を農民に勧めたのだが、若月に言わせると、農民が喜んだのはむしろ前者の方だったという。燃料費が囲炉裏の1/3で済むのだそうだ。

昭和20年代、佐久地方の農家では「冷え」の問題が大きく取り上げられていた。隙間だらけの農家では、真冬の室内平均温度も外と同じ摂氏2度だった。普通の着物を着た人が摂氏2度の中に入ると、わずか30分で血圧は上がり、血液中の好酸球は著しく減少してストレス障害がはっきりと表れる。体を壊すリスクが格段に高まるという。 私どもの先祖が考えたイロリ(中略)は、寒い冬を家じゅうで過ごす暖房の役割もあったのだ。それを炊飯だけの道具とわりきって「合理化」すれば、安上がりになるのは当然であろう。かくて「冷え」は、戦後いっそう深刻に母ちゃんたちのからだをむしばむようになったのである。 こういういい方は、生活改善を志す、善意のお役人には酷であるかも知れない。ただ私がいいたいのは農家の生活改善運動には、いつもこういう危険がともなうものだという反省の必要であって、それは私ども自身についてもいわれねばならない。(pp.123-124)改良かまどがジェンダー的にポジティブな評価を受けているのは以前耳にしたこともあるが、こうして弊害があったという指摘は新鮮であり、教えられるところがおおいにあった。当時の佐久地方の農村女性は、からだを冷やした夜はよく眠れないと訴えていたし、何度も小便に起きる、肩が凝る、腰がうずく、手足がしびれる、そして「冷えはからだに毒だ」と誰もがしみじみと語ったという。改良かまどと囲炉裏―どちらの方がジェンダー的に良かったのかは議論が分かれるところだ。

「常識を疑う」ことは、農村医学への第一歩だと気付かされる。復刻版とはいえ大量に売れる本ではないかもしれないが、古き日本の農村開発の経験を知る上で、この本は是非とも多くの方に読んでいただきたいなと思う。


8月18日加筆
なんとなく読了前に見切り発車で記事を書いてしまったので、少しだけ加筆しておきたいと思う。先ずは、著者が本書を書かれた動機について、著者は以下の3点を読者に伝えたかったと述べている。。第一に、私たちのようなインテリゲンチャにとって、農村に入り、農民とともに生活し、その心をとらえることがいかに重要かということ。第二に、その農村の現実の中で私たち医療保健の技術者が、その無医村的環境とたたかって、農民の健康を守る実践をつづけることがどんなに苦しいか、しかもそれこそがどんなに大切か、ということ。第三に、従来、健康を犠牲にしてかえりみなかった「百姓根性」から農民を解放し、その意識を変革して人権意識にまでたかめることの意義。(p.231)この第一のポイントは、今年のマグサイサイ賞を受賞したインド人ディープ・ジョシ氏にも通じるものがある。

また、第二のポイントについて、無医村的状況の中で医師が保健医療活動を行なうのがいかに大変かについては、次のような記述がある。これはインドの今の僻地農村の状況にもよく当てはまる。都市で医師をやってればそこそこ儲かるものを、誰が好き好んで薄給で農村医をやるかという問題だけではなく、農村部で支払能力に限界もある貧困層を相手に予防活動どころか医療行為を行なうこと自体、医療機関として採算がまったく取れないという大きな問題がある。 25年をこえる病院長生活の中でいちばん苦しみ、いちばん心をくだいたのは、貧しい農村病院の経営のやりくりであった。住民のニードにしたがって、いろいろと積極的に施設や内容の増大を心がけてきただけに、それはつらかった。国立や県立などとはちがう。いざとなれば赤字は一般会計から繰入れてもらえる「親方日の丸」の身分とはちがうのである。農協病院は、文字どおりまったくの独立採算制で、まさに中小企業と変わりはない。日本ではまだ、地域コンミュニティが病院の公的性格を理解して、これを援助しようという西欧的な発想はない。(後略) 農村病院の経営はなぜこんなにつらいか。一言でいえば、対象の農民が貧しいからだといえよう。貧乏な患者を相手にして病院が儲かるはずがない。経済的にも生活的にも貧しい農民は、病気になることも多いが、農民はからだをこわしても、医者にかからないのである。(中略)農村に病気が多いからといって、農村病院は決して繁盛しない理由がそこにある。(pp.218-219)
こういう記述を読みながら、これはインドの農村医療においても言えることだなと改めて感じた。

クシナガルのアーナンダ病院は貧困層の外来患者を対象として彼らがぎりぎり負担可能な治療費で運営されており、これだけではなかなか採算が取れないらしい。クシナガルを訪れる日本人観光客が、体調を崩した際にお世話になったりした際に寄付として置いていって下さる「浄財」に依存しないと、採算ラインまで浮上することも難しいらしい。当然、グプタ医師をはじめとして病院スタッフには高い給与など払える筈もなく、もっぱら彼らのヒューマニティに依存しているのが今の状況である。佐久病院初期の若月の思想の中にも、ヒューマニタリアン的見地から医師に自己犠牲をかなり期待する文言が見られる。これ自体はありがたいことであるが、それが何らかの形で広く評価を受けていかないと、いつまでも「自分は良いことをやっているんだから…」という気持ちだけでは続けられないのではないかと思う。是非とも多くの方々にアーナンダ病院を知ってもらい、見守ってもらい、支援してもらえるようになっていって欲しい。
http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2009-08-17

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